10.09.2010

人は社会的動物である・・

一人暮らしのNigeria、4ヶ月目に入りました。

私のいる場所ですが、単独調査のため、似たような立場のInternationalなどが一人もおりません。
2ヶ月目ぐらいから、周りに世界を共有できる人がいないため、だんだん頭がクラクラとしてきました。

普段から、Nigerianとはなるべくコミュニケーションを取るようにしており、笑いが好きな彼らとの会話は、結構楽しんではいます。
が、教育や社会のバックグラウンドを共有していないためか、哲学や人生論では共感がお互い難しいところです。

地元で売っている本は、聖書かコーランのみ。。
なので、精神的Inputの少なさに苦しんでおります。

またアフリカは部族の数は大変多いものの(Nigeriaも確か200以上の部族がある)、一部の国の首都などを除くと多文化社会ではないので、日本で欧米人が辛い気持ちになるのと同じ心境を味わっております。(殆どの人がこちらを外人として見ているので、人間として深入りしてこない。)勘違いモードで語ると、セレブリティの孤独とも似通っているような・・(誰しもが自分を観察していて、もてはやされはするものの、表面的にしか見られていない・・)

そんな事もあり、最近は結構部屋に引きこもって本を読んだり、ヨガをしたり、自炊をしたり、マイワールドを確立する事に専念していました。

ここ2週間、友人が以前プレゼントしてくれた、Three Cups of Teaという本をひたすら読み続けておりました。
パキスタンの偏狭の地で学校建設のプロジェクトを10年やってきたGreg Montensonというアメリカ人の感動実話です。

ちなみにこの本、本当によいです。私は数限りなく、感動のあまり涙いたしました。
一人の人間が世界を変えるという実例です。日本語版も出てますよー(カタカナタイトルで)。

子どもに教育をもたらすための、文字通り生命を削っての彼の努力には誰しもが圧倒されると思います。
さらに、外人と見られ外人としてふるまうのではなく、現地の言語・習慣に完全に溶け込んで、同じ釜の飯を食い一緒に汗水たらして働く様子は、驚きですらあります。(どうしてそんなに自然に、異文化に溶け込んでいけるのだろうか?)大多数の援助機関とは、スタンスが全然違います。

Homesick気味のわが身を振り返ります。
違いではなく共通点に目をむけているだろうか。。。
人間として一人ひとりときちんと接せているだろうか。。。
してもらう事よりも、自分ができる事にフォーカスできているだろうか。。。

9.27.2010

世界いろいろ

先週まで、Visitorが1週間Bidaですごして帰って行きました。
住み慣れた地に関する再発見がいろいろありました。
自分と違う人間の新鮮な視点でみるこの地は、随分違って見えるものだなぁと実感しました。

インターネットの回線が悪いので、随分前から、撮り溜めた写真が全然アップロードできないのが、とても残念です。

最近思うことは、世界は多様性に満ちているけれど、どこでも人間基本は同じだなぁー という事。

昔から私は世界一周して全大陸を制覇し、違う文化に触れてみたいと思っておりました。

今回、未踏の地あふりかに足を降ろせた事は、子どもながらの夢という点でも大変嬉しいことでした。

近代化されていない場所に行くほど、社会制度や文化習慣が驚くような違いに出会います。

一方で人をひとりひとり取り上げていくと、どこの社会でも同じように、個性があり喜怒哀楽があり、世界すみずみまで行っても人間が同じである事にほっとさせられます。

これからも行った事のない場所、特に文化的な特徴の強い場所に、機会があれば旅行ではなく、数ヶ月ー数年単位で住んでみたいなぁ・・
中近東とか、、南米とか、、東欧とか、、アマゾンの奥地とか、、Polinesia,Micronesiaとか、、

しかしそのような生活では、単なる一時滞在者として何も残さず去っていく空しさは大変大きいです。旅は若いうちにせよとは、この事ですな。やはり決まった場所に根を降ろしてそこで何かを作り上げていく作業にも、いい加減取り掛かりたいです。

人類の大半と同様、私も根が農耕民なんだろうなぁ。(最近この地の遊牧民と農耕民の生き方を比べながら、人生と文明を見直しているのです。。)

9.05.2010

マラリアで食欲張りに。

疲れの溜まっていた先日、マラリアを発症しました。
ごく初期の発見でしたので、1日高熱とDiarrheaで苦しんだ後はさっぱりと治りました。
先進国で発症してしまう偏頭痛の方が、私としてはよっぽど苦しい気がします。

さてしかし、アフリカ米でおかゆなんか作っていた病気の後は舌が変わってしまい、毎日ばくばく食べていたあの、油とチリと肉とスパイスと化学調味料ががっつんがっつんの、大変力強いNigeria飯が食べられなくなってしまいました。

困ったことです。

しかたないので近所の知り合いの家に押しかけ、地元食材でも作れる私的ごはんを作らせてもらっていますが、いつまで続くのだろう、私の舌のStrikeは。。。(食材と調理器具の関係上、インド的なご飯にどうしても近くなるのだが、Nigeria飯よりは馴染み深いわけです。)

そして日本食の再現は大変難しい環境下で、日本食の夢を見てしまう今日この頃です。
夏気候の当地にはやはり、あっさりとした和食が合うでしょう・・

ざるそば
冷奴
水ようかん
ほうれん草のおひたし
氷にのっかったおさしみ盛り

こんな、見て食べるだけで涼を誘う食事、というような芸術の域にある日常食・・暑い国の中で日本ぐらいじゃないでしょうかね、開発と普及に成功したのは。食立国日本。経済的地位は下がっても食ツーリズムで世界に名を馳せてほしいものだ。

あとは、さんしょとゆず皮の載った鯛のお吸い物、はまぐりのお吸い物 などのような、黒の輪島塗以外は許せない繊細なスープ、なんとかこちらの食材とMade in Chinaのプラスチックの器で実現できないものでしょうか。

いや無理だ。鯛的な味の美味しい魚はNiger川から運ばれてくるんですけど、やはりチリで殺菌しないと怖いところです。
(日本の和食の調理方法は素材の信頼性の上に成り立っている。)

あぁナイジェリア飯、対極すぎます。

果物ひとつとっても、 枇杷 桃 梨 さくらんぼ のような、繊細で完璧なお味の日本の果実と対比して
パイナップル、バナナ、すいか、オレンジ、マンゴー(雨季はない・・)がメインです。
まぁアメリカの果物も、たいがいひどかったが・・

セントラルアメリカは米と肉主体だけど、チリが少なくて豆多くて、素材のだしを生かすタイプの味付けで、日本に近かったんだけどなぁ。世界10代美味しいものランキング(私ランキング)のSevicheなんか日本の刺身と文化的に近いしなぁ・・

しかし、米があるだけナイジェリアは、東アフリカより幸せと言えましょうね。

8.28.2010

こどものこと。


こちらのこどもたちをみていて思うこと、多々あります。

前述の通り多産の農村社会、大量?のこどもを村々で見受け、接することになります。


1.子どもにも社会がある。子どもには子どもの世界がある。

少子化社会の日本に米国。子どもは1人や2人単位で家族に大事にされながら育てられがち。
しかしこちらの子どもたち、大人の注目なしでもそれなりにちゃんと子ども社会が成り立っています。

大人は大事なポイントに限り、(危ない時、暴力などがあるとき)折に触れて、誰の子彼の子構わず、子どもを厳しく叱ります。

しかし大人が子どもを遊びで構ったりすることは、乳幼児以外殆どみられません。

子どもも、大人の関心をいやに引こうとすることもありません。

子ども同士で構いあっているから。

(これは大人が教えていることですが)年長が年下の面倒を始終きっちりみているので、大人の手放しで子どもは育っています。















とっくみあいっこ。
2.子ども、はたらく。


これについては色んな意見がありそうですが、私はこちらの子どもたちの健気な働きっぷりに、感心させられています。

学校はちゃんと行っているのですが。

6歳ぐらいで農繁期には子ども用のちっちゃな鍬をかついで、大人と一緒に畝作りからやります。

3歳ぐらいでもう赤ちゃんの面倒も見れるし、大人の言う事をよく聞いて動きます。

私たちのようなお客さんが外から来たら、ベンチを持ってきてくれたり水を持ってきてくれたり・・


立派に社会の一員なのであります。


子どもは労働から完全に自由であるべきだという意見が割と正当と見られているように思います。

もちろん教育の機会を与えず子どもを酷使するような環境、危険な労働環境などは、子どもの将来を奪う事になるでしょう。

でも、子どもが小さい頃から大人と区別された王子様お姫様扱いをされずに一人前の人間として扱われるという事自体は決して悪いことではないと思います。

区別されないことによって、子どもは、生活力や社会力、日本語で言うところの”生きる力”というやつを早く身に着けていっていると、私は思っています。


こうやって育っていくので、自然と20歳ぐらいで一家の長にもなりうるんだろうなぁ・・このような社会では10歳以上早く、人が大人になるように見えます。













カメラを向けると子どもの反応はさまざま。

彼は中々クリエイティブで、いけるポーズを色々と付けて来ました。

8.15.2010

そろそろポレポレから脱出


先週まで、激しい発疹に見舞われて何も手付かずの日々が続きました。
ようやくそれも引き始め、1ヶ月を経過したこの田舎町での生活を振り返り、
そろそろポレポレペースから脱出しようと試みています。というのは、このまま暑さと
(8月になって暑くなってきました)のんびりペースにやられて、脳を一切使わない日々が数ヶ月続くと、
先進国で復帰不能になると、確信したからです。

トライアル1 通勤勉強
世のサラリーマンの皆様は、単調な通勤生活に彩りをつけるべく、
到着駅のひと駅前で歩いてみたり、電車で語学学習をしたりといった事をなさいますね。

村までルート変えようのない畑の一本道を片道40分以上はバイク通勤(アシスタントが運転)している私は、
雲の形とか草や木や作物の種類の観察でポレポレとすごして来ましたが、ネタも尽き、居眠りで転がり落ちるのが
心配な毎日です。

むしろこの時間を生産的に活用すべきではないかと、日本人的に思い立ちました。

そこで、アフリカにいながら強引に、スペイン語学習(脳内シナプスのぶつ切れ状態を改善する目的)。
エンジンがうるさすぎて音声は聞けないので、単語帳をアシスタントの後ろで読もうという魂胆です。
明日から実験開始。

トライアル2 TVで勉強
なんとメキシコのSoap dramaが流行っているこちら。音声でも勉強できるじゃないか!
と思ったら私の部屋からはチャンネル入らなかった。。ムスリムチャンネルはばっちり(オーナーがムスリム)なので、
コーランでも勉強するかぁ?とりあえず今週から始まったラマダンには参加してみることにしました(いつまで続くか・・ちなみn改宗したいからじゃなくて、村でお昼ご飯食べていたら、村人みんなの飢えた目が怖いからです。)


話は変わりますが、ちょっと暗い女性の状況について先日書きましたが、ちょっと偏見入っていたかも。
女性は女性でそれなりにやっていっているようです。貯金も自分で耕した畑の作物を売って、作っているようです。
といっても用途は服とかなんだけど。
子供何人ほしいか、ある人に聞いたら、産めるだけ産みたい とのことでした。。


8.08.2010

ここでの私とは・・

女性の話の続きですが、

例外パターンとして、町に30年住んで政府で働き、引退して村に戻ったという学歴のあるおじさんがいました。

これが私の奥さんだよ、これが私の母だよ、と嬉しそうに身近な女性の紹介をしてくれたのは、彼が唯一、です。


さて最近、大枚はたいて、ここくんだりまで来ている自分に、ちょっと幻滅ぎみです。

この人たちといいましても、村人でも金持ち地主もいれば、明日の飯にも困る貧乏家庭もあります。

新しい技術導入にやる気のある人も、現状維持で結構の人もいます。

しかし、やはり総じて言うと、貧乏です。

子供を高校や大学に送る資金的余裕はない家庭がほとんどでしょう。

インタビューするんなら肥料くれ、と言われます。

援助漬けと呼べばそうかもしれないし、彼らが、中から変えていくリーダーシップに不足しているのも、確かです。

しかし明日の飯に困ってる人を前に、USAくんだりから来て学術インタビュゥのみをしている、私という個人のあり方の方も全く問われるべきです。

女性のこと

村で調査をするようになってから、女性の地位というものをよく考える。

私のインタビュー対象は世帯主、ここでは100%男性、である。

そして私の訪れる村では女性と男性の生活圏は完全に離れている。

私がインタビュー場所としている広場で、休憩時間にたむろしているのは男性だけで、女性はなんやかやと家の方で家事をしている。

男性が食事をする場にも、女性は来ない。(というより恐らく、文化的に、来てはならない。)

まず確かに、村の集会に女性が参加して意見を言う機会はない、と見られる。

私自身男性の場所にしか行かないので、女性の生活に目を向ける機会が、あまりなかった。(私は女性にして男の服(シャツ&パンツ&田んぼを歩くための長靴)を着、男性の場所にしかいない、変な人なんである。)

が先日、モスクの壁に 女性厳禁 と書いてあったのと、色んなことわざなんかが彫ってあったりある家々の壁に、完璧女性蔑視の文言を見たときに、気になり始めた、女性の地位。

最近気がついた事だが、村で女性がよく、亡くなっている。

統計学的に全然正しくないサンプリングだが、3週間でもう3人もなくなっている(周りの村むらで)。

インタビュー時にも、一人目の奥さんなくなったから、二人目もらいました、という話が時々出る。

ちなみに男性がこの辺でなくなった話はまだ聞いていない。

この地域ではやはり、女性の平均寿命の方が男性より短いのであろうか。

先日なくなった方の死因は自然死(夜寝たまま、朝起きなかった。)、50歳ほどの方との事。

今まで回った村で、太った女性を見たのはたったの一度だけ(彼女はハッピーに見えた。愛されているのだろうか)。女性は大体、すごく、細くて、なんだか儚い顔をしている。底抜けに明るいアフリカンマムみたいな人には、なかなか会う機会はない。

あ、もちろん村では男性も大体、引き締まった体か、痩せてはいるが。(太っているのは農業をしていない人。)

そしてお腹の大きい女性が大変多い。23歳の男性で子供5人という人がいた。71歳で今度赤ちゃんが生まれるという老人がいた。確か2人目の奥さんで、20人目のこどもだったか。女性は常に孕み続けているのである。労働力として生みおとされた子供たちが、教育を受ける機会があった場合、その後多数は村を去るだろうにも関わらず。
バースコントロールなる言葉は、この社会では、存在していない。多産では、身体的な負担も、やはり多いのではないだろうか。

原始的な農業の村では、男性が力仕事、女性が家事労働となるのは、ごくごく自然な事と見受けられる。
が、やっぱり個人的には、女性が男性の下に位置づけられている事と、健康上のリスクを取りながら出産マシーン化している事は、納得、いかない、のである。。。